この恋路の浦には、木郎の里の方からの男波と、 多田の里からの女波とが、弁天島と岸の浜辺に打ち寄せて、 その形が菱形をえがくところから、 菱小波といわれているという。

昔、この近くの多田の里に、鍋乃(なべの)という美しい娘がいた。 鍋乃の生まれた家は、半農半漁の貧しいなりわいであった。 自分たちが食べるだけのわずかの段々畠を持ち、 あとは海で漁をしたり、海藻や貝を採る日暮らしであった。 鍋乃はよく父の漁のために網のつくろいをしたり、 貝をひろい集めたりした。 このあたりには珍しいほどの器量よしであったため、 言い寄る男も多かったが、実直な父親とのふたり暮らしであるために、 心を寄せてくる若者に本気で惚れる気持ちはなかなか湧かなかった。

ところがそんな鍋乃にある日突然、心にしかと忘れられない 恋しい人ができてしまったのである。

それは海のことに静かな日であった。 いつも浜に出て潮干狩りをする鍋乃は、今日は 潮も引いていて貝も多くとれようと思い、 赤い鳥居のむこうにある弁天島の附近まで 貝を捜しに夢中になっていたところ、 あやまって海の深みに落ち込み溺れそうになった。 それを助けてくれた若者、助三郎がその人である。

助三郎は、多田の里にほど近い木郎の里に住む若者で、 漁をしては貧しさに耐えてよく働く若者であった。 弁天島附近の魚は大きいし、多く獲れることを いつも自慢語りに人々に話していたが、釣り好きの 彼にとっては島は唯一の憩いの場所であり、 よくここで漁を楽しんだらしい。

この事があってから、二人はもはや片時も忘れられない 恋仲となってしまったのである。

二人は毎夜、この浜辺に来て逢うことを約束した。

岩場が多い近道を磯伝いにくる助三郎のために、毎夜鍋乃は その足元を危ぶんでは待った。 そして月のない夜に、鍋乃が先にその場所に来て、 かがり火を焚いて待ったことから、いつしかそれがならいとなった。

出逢いの場に先に来た者が、かがり火を焚くことを約束し、 二人はそこで待ち合わせては尽きぬ思いを語り明かした。

かがり火は、いつの夜も、小さく、青く、蛍のように岩場にともった。

ある日のこと。 鍋乃は父親から思いがけない話をきかされ困惑した。 同じ多田の里の男とのあいだに縁談話が すすみはじめていたからだった。 「とうとやあ、そんな無理なこと、やあわいね。 たのむさけ断ってくだいね」 「そうやけどな、おめえ、なんが不足やて、ああん。 望まれて嫁さにいくほど、しゃわせなことないけぞ。 むこうさんわなあ、この在所きっての禄もちやぞ、 そうやろがなあ」 「たのむさけ断ってくだいね」 「なんやてて。わりゃまさか他に惚れたもんが 居るわけでもないやろがなあ。 あっこの旦那にゃ、おらっちゃ昔からえらい世話に なっとったこと、おめえもうよう知っとるやろが」 「そんでも、とうとや、おれ、ゆきとうないわいね」 「よう考えてみいやあ。旦那さんとこの源次も、 気のいい男じゃろが」

鍋乃とてその源次を知らないわけではなかった。 いつか盆踊りの夜に踊り疲れて帰ろうとする鍋乃を、 舟小屋の裏に誘ってくどくのを振り切ったことがあったのだ。

二人の逢瀬は、しだいに人の口の端に のぼるようになった。 縁談を申し込んできた源次は、このうわさを 耳にするにつけ、ますます鍋乃への片恋慕がつのり、 夜もろくに眠れぬ日がつづき、しだいに助三郎を 亡き者にさえすれば、と恐ろしい気持ちを 抱くようになってしまったのである。 それは、月の全くない夏の夜であった。

いつものごとく鍋乃が若者と逢うため、 そっと裏口の戸を闇へ押そうとした瞬間である。 「こらあ、おめえ、いま頃どこへ行くがや」 父親の太い声が追いかけた。 「やっぱし、わっりゃ、木郎のもんの男と 逢うとったというが、ほんとやってんなあ」 「とうとやあ、かんにんしてくだしま。 おれ、あの人好きなってしもたさかい」 「だらぼっちや、なんやてて親不孝もんが」 鍋乃は泣いて頼んだが、父の手にむんずと

肩をつかまれ引き戻された。 父の目をぬすんで飛び出したのは、 それからだいぶんあとの、夜更けてのことだった。

その頃助三郎は、暗い岩場を手探りで歩いていた。 黒い幕を幾重にも切って落としたような暗闇だった。 暗闇に自分の進退でさえ定かでなくなったとき、 やっと遠くにゆれる、かがり火を見つけることができた。 が、今日はいつもの方角とは違う。 不審には思ったが心は鍋乃に逢いたい一心だった。

かがり火の方角の岩場は、ますます険しさを増し、 足場を求めてよじ登りはじめた助三郎に焦りの色が出てきた。 引き返して別の道を、と思ったときにはもう遅かった。 深みにはまり這い上がろうとする助三郎の背後に 不意に人影があらわれ、蹴り落とし一刀を浴びせた。 悲鳴とともに暗闇の海に落ちた助三郎。 目印のかがり火を違ったところで焚いていたのは、 源次だったのである。

鍋乃は、髪も着物もしっとりと夜露にぬれ、 ひたひたと藁ぞうりを急がせ磯道を伝って、 必死にかがり火を探したが見当たらない。 いつもの岩場までくると、源次がやにわに うしろから髪をつかんだ。

「鍋乃、われの待っとる男はなあ、 海の中へ落ちて、とうに溺れて 死んでしもたじゃ」 「えっ、溺れた・・・」 「死んでしもうたってことよ。 助三郎みたいなやつに惚れやがって、 俺の言う事きけや」

源次の手を振り切って逃れようとする鍋乃の肩へ、 またもや源次は一刀を浴びせた。 絹をさくような声を残して鍋乃もまた、 海の底へと沈んでしまった。

恋路の浜には今も、小さな観音堂がある。 古びた堂のまわりには、ひたひたと 波が寄せて返している。

鍋乃と助三郎の悲恋から幾年ののち、 この堂で鐘をたたき合掌している老僧があった。 肩の張った頑丈な老僧こそ、かつての 源次のなれの果てであった。 わが身をざんげし、仏弟子となって 菩提をとむらったという。

そして、毎年盆の十七日の夜には弁天島と高岩に、 たいまつを焚いて潮の引いたあと、その間を 行きつ戻りつ夜の明けるまで読経していたという。 その後、この浜辺の人たちは、盆の十七日を 観音の日として燈籠を並べ、弁天島や磯に 火を焚いてこの日を記念するようになったという。

弁天島に立てられる直径九尺、高さ七間にも 及ぶ大たいまつに、高岩から火がわたり、 そのたいまつが大きく燃えあがったとき、 いわゆる火なぶりとして里びとたちは、 二人のあわれな恋物語を讃え、その霊をなぐさめる。 この恋路の里に昔から全く火事沙汰のないのは、 この火祭りのせいだといわれている。

高岩と弁天島のあいだの海を血の海と 呼んでいるのは二人が斬られ血に海が染まったからと 伝えられ、また、高岩のはずれにある島を鍋の島、 磯部へ流れ落ちる水を怨みの滝と呼んでいるのも みな、この恋路の悲恋にちなんでのものと 伝えられている。

「夜(よ)さるじぶんになってから通ってみましま。  この砂浜はのけ、キュン、キュンと泣くがもう、  ふたりの愛の声やとけの。  うらみの滝の水でものけ、夜(よ)さると昼までは、  流れる水音まで、ちごうて聞こえるぞね。  どんな日照りの年でも、この水だけ涸れんがも、  ほんに不思議なもんやぞね」

古老はそう語って泣き砂の浜を歩いてみせた。

恋路の浜には、いまも、ふたりのむつ言が 砂の中から聞こえるという。

欲、嫉妬に苦しんだ若き日々を省み、男女の仲を取り持つことしばしばであったので、いつしか縁結びの観音堂と いわれ、この堂に参詣する二人は必ず結ばれると伝えられて久しい。 その頃から、誰言うとなし、小平次の里と呼ばないで「恋路」と言うよになったと言い伝えられている。


(世界文化社刊 ロマンの旅 日本の伝説9 北陸 「恋路の浜」より抜粋)

恋路伝説